2019.07.11

D960




去年の今ごろは
父の病院にほぼ日参していて
ピアノは弾いていませんでした。

シューベルトD960のコンサートをしようと
その前の年にとっていたソノリウムも
キャンセルしていました。

がんばるよと父が言っているのだから
まだ連れていかないでと
天国のおばあちゃん(父の母)を
真剣に呼び出したりしていたわたしには
ひとつの音のなかに
神さまと死神を感じずにはいられない
D960を弾くことはできませんでした。

父の希望通り、少しずつ状況が明るくなった
9月の終わり、
もうずっと前から取っていたルイサダのD960を
ぷらっと聴きに行きました。

素敵なコンサートでした。
圧倒的な感動というのでなく、ゆっくりとハートが動かされる感じ
いかにもサロン的な、
をこんな風に体験したことがあっただろうか?
ずっと忘れたくない体験でした。

にもかかわらず、一方では
わたしの(わたしを通して現れる)D960は
この960に及ばないというより
ちがうものだ
とはっきり感じもしたのです。弾かなくちゃ、、

そうして
当初より時期を遅らせて
もう一度ソノリウムをお願いしました。

コンサートはもうすぐです。
いまのわたしには
960のソナタは限りなく優しい。
5月の終わりごろは
大海原を前にしている自分自身を
感じていましたが
いまは
その大海原にぷかぷか浮いているのを
感じています。




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